「精神障害と作業療法」にもどる

 
 精神の病い−わが国における処遇の歴
 わが国の精神の病いに対する処遇の歴史100年を視覚化すると、図のようになる。20世紀100年の前半50年は『精神病者監護法』による私宅監置、後半の約40年は『精神衛生法』による公的監置、20世紀最後の10年あまりになって、初めて、人権に目が向けられ、社会復帰、社会参加が謳われた。20世紀末の相次ぐ法改正は、精神の病いの治療と福祉的処遇の、一貫した体系化をはかろうとするものである。『精神保健医療福祉の改革ビジョン』(厚生労働省精神保健福祉対策本部、2004年9月)では、「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本方策が掲げられ、国民各層の意識変革や立ち後れている精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を進めることが示された。2008年、2009年には、施行された自立支援や精神保健医療福祉の改革に関する法の実施状況を見なおし、修正をはかるなど、新たな世紀を迎えて、精神障害に対する処遇の転換に取り組んでいる
                   
作業療法の成り立ちと歩み 

作業療法の萌芽
 作業活動を治療・援助の一助とする治療的関わりは、1901年、欧州留学より帰国した医師呉秀三による、作業とレクリエーションを用いた移導療法が始まりである。隔離、監置、器具による拘束といった精神病者に対する処遇を、無拘束と作業により一掃しようとする精神医療の開放化運動の一環として始まったものである(呉、1916)。その試みは、医師加藤普佐次郎らによって引き継がれ、作業の種類も生産的なものだけでなく精神的活動やレクリエーション活動などが、対象者の能力や状態を考慮して選択され、病的状態からの離脱援助、自発的行動の賦活、治療者−患者関係の改善、などに用いられ作業治療と称された(加藤、1925)。富国強兵という国策の中では大きな広がりをみせることはなかったが、彼らの実践は着実に引き継がれ、良心的な作業療法の源流となった。

作業療法士の誕生
 第二次大戦終戦後、GHQの指導で精神障害者の医療と保護を目的とした「精神衛生法」(1950年)の公布により、私宅監置が廃止され、各都道府県に精神科病院の設置を義務づけられた。そして、病床数の不足に対して国庫補助規定が設けられ、精神科病院の建設ブームが起きたが、当然ながら医師、看護師の慢性的な不足を招いた。こうした状況にライシャワー駐日米国大使が暴漢(統合失調症患者とされている)にナイフで刺されるという事件が重なって、長期保護収容入院が始まった。
 この時代に、病院の活性化に一役買ったのが生活療法)であった。世界で初めて向精神薬が発見された時代に、生活指導、レクリエーション療法、仕事療法(作業療法とも称されていた)を包括したもので、精神外科ロボトミーがその体系化の契機となったともいわれている。当時の事情から管理的な生活指導を中心とした考え方がなされていたため、生活療法では病院の清掃や配膳などの業務、病院外に働きに行く外勤作業などが行われ、薬物療法の出現、精神病院ブームの中で、またたくまに理論的に未整理のまま全国の病院に広がった。
 それまでの看護の関わりをすべて療法という名称で包括した生活療法は、当時の閉鎖的で活気のなかった病院を活性化し、病院運営の改善の機能を果たした。しかし、拘束的状況下における患者使役、治療の個別性や不参加の自由が保障されていない集団管理、病院の経済的理由に基づく作業しばり、収益の収奪、人権の侵害といったさまざまな問題を引き起こした)。
 このような背景のなかで、WHO(世界保健機構)の勧奨を受けて1963年に作業療法士養成校が開設され、「理学療法士及び作業療法士法」(1965年制定)により1966年に初めての国家試験が実施され作業療法士が誕生した。しかし、この身分法の成立にあたり、原語である occupational therapy が作業療法と訳されたため、従来の生活療法では仕事療法を作業療法と称していたため混乱を招いた。1974年の社会保険診療点数化に対して、日本精神神経学会は異議が申し立てた。それは、従来の生活療法における仕事療法の実態や運用に対する批判であったが、名称の混同により作業療法批判となったもので、後々の精神科領域における作業療法の理解と進展を大きく妨げた。

入院医療中心から地域生活中心へ
 そうした状況下で、一部の精神科病院で不祥事が続き(山下、1987)1983年の無資格職員の暴行で入院患者が死亡した宇都宮病院事件を契機に、強制入院や長期収容が国際的な問題となり、「精神衛生法」は1987年に「精神保健法」として改正(1988年施行)されるに至った。
 さらに精神保健法は、障害者基本法(1993年)の成立などにより、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)」(1995年)に改正された。そして、「精神保健医療福祉の改革ビジョン」により、「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本方策の下に、立ち後れている精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化の方向性が示され、2005年に、幾多の課題を含みながらも、「障害者自立支援法」が成立した。 
 作業療法は、早期には作業活動の感覚・運動特性)を利用することで、不用意に侵襲しない心理的距離を保ちながら、症状の軽減、遷延化の防止を図る。回復期には作業の合目的性、具体性を利用し、個人のもてる能力を生かし、自己決定を助け、維持期には個人を取り囲む環境に目をむけ、社会的不利の減少と生活の安定にむけた支援をする。
 生活療法における仕事療法との混同で、作業療法は治療ではないと日本精神神経学会により糾弾されたが、作業療法士誕生後40年、作業療法はそうした誤解を乗り越え、精神障害領域で勤務する作業療法士も7000人を超え、認知症領域兼務する作業療法士を併せると15000人を超え、精神・認知領域ではあらためて生活の再建に視点をおいた自律と適応の援助をするという、作業療法本来の機能を発揮することが期待されている。

「精神障害と作業療法」にもどる
 **詳細は『精神障害と作業療法』第3版pp.28−47