「身体と作業」に    「作業をもちいる療法の基礎」に 
 



 
  1) 古代ギリシャの哲学的霊魂観
 心身二元論は,プラトンPlaton(古代ギリシャ,BC428 or 427-BC348 or 347)の対話編にみられる理性的霊魂の不滅や、その弟子アリストテレス Aristoteles(古代ギリシャ,BC384-BC322)の霊魂論(山本,1968)など、古代ギリシャ哲学の霊魂観にさかのぼります。
 古代ギリシャでは、魂や精神を重視し、身体を第二義的に扱、人が死ぬと魂は神々の下に帰る、霊魂は生命の元と考えていました。この哲学的霊魂観が、霊肉二元の宗教思想と結びついて西洋の思想的な中核が形成されてきたのです。


 2) デカルト的心身二元論と近代科学
 デカルトDescartes(フランス,1596-1650)は「われ思う,故にわれあり(cogito, ergo sum)」と言い、ひとの本質は意識の主体、心にあるとしました。心や心がからむ科学的に扱えない問題を科学の対象から切り離し、ひとの精神を除くすべての現象を科学の対象としたのです。
 近代合理主義や近代科学は,この身二元論と出会い普及しました。ハーヴェイHarveyの血液循環論に始まった近代(西洋)医学も、身体を精神から分離し、機械論的な見方をすることでめざましい発展を遂げたのです。「命の贈り物」といわれる移植、再生、遺伝子治療などの先端医療も、そうした文脈のなかで誕生しました。


 3) デカルト的心身二元論への批判
 私が思うことができるのは、この身体があるから可能、心身の相互性を抜きには成りたちません。この二元論の矛盾に、ニーチェNietzsche(ドイツ,1844-1900)は「近代人は身体の重要性を忘れている」と言い、ベルクソンBergson(フランス,1859-1941)やスピノザSpinoza(オランダ,1932-7197)ら一元論者によるデカルト的心身二元論の批判がおきました。
 そして、メルロ・ポンティMerleau-Ponty(フランス,1908-1961)の「知覚の現象学」(Merleau-Ponty,1945)により,第二義的にみられていた身体は、「生きられる身体」として現象学の主題となったのです。

                    **詳細は、『治療・援助における二つのコミュニケーション』pp.18-24,三輪書店,2008
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