ひとと植物・環境 

  植物を育て、その恵みを利用する園芸活動は、ひとの生活を構成するさまざまな要素を含んでいる。あまりに身近にあるせいか、私たちは日々の暮らしのなかで植物のさまざまな恵みを受けていながら、ほとんどそれを意識することはない。
 療法としての園芸の効用は、植物を育てるという行為を中心に、植物や植物が育つ環境との相互性によるものである。それぞれの効用は単独に生じるものではなく相互に関係しているが、療法として意図する主な効用は、大きく下図のように環境面、精神機能面、感覚運動機能面、心理社会機能面、食用・薬用に分類できる。







  
        *植物、用具、季節、天候、そして園芸活動(育てる、過ごす、感じる、採る、使う、委ねる)の   
          どの要素がどのような効用をもたらす可能性があるのかを考える必要があります。 
            
環 境 面

  光合成による独立栄養をいとなむ植物による環境の変化と、植物があることによる心理的な効用と物理的な効用とがある。心理的効用としては、植物がある緑視率が高い環境では、アルファ波が増幅され、血圧や筋緊張が下がり、心拍数が減少、ストレスや緊張をやわらげ、不安を取り除き、気晴らしや気分転換としての効用がある。
 物理的効用としては、植物の光合成作用、蒸散作用や熱伝導率の低さ、熱容量の少なさや放射熱の吸収、日射の緩和など緑陰効果、植物の呼吸にともなう水蒸気の放出などによる、温度・湿度の変化の緩和、その他空気の清浄遮光効果、強風を防ぐ防風効果などがある。 
 
感覚運動機能面

  園芸にともなうさまざまな身体活動は、必要な姿勢を保ち、動作を開始したり、止めたり、変化させたりする適切な筋と関節のはたらきをともなう。その筋に中枢からの指令を伝えて、身体を機能的に使用する運動(粗大運動や巧緻運動)の調節は、末梢神経系(運動神経)の働きによる。さらに、伝える指令である運動を企画し、末梢神経系を経由して指令を出すには、中枢神経系(運動中枢)の働きが必要になる。

*感覚に関しては次をクリック 「感覚の種類・連絡路・受容部位」 
精神認知機能面

@ 植物そのものの効用
 
植物がある環境に身を置き、見る、触れる、色や香りや肌ざわり、それらが混然としてつくる空間は、ひとの高ぶる気持ちを少し静め、沈み鬱(ふさぐ)気持ちを包み込み、支え、病いや障害により閉ざしていた五官を開き、季節や時間の感覚、生活のリズムを呼びもどす。

A 園芸という行為の効用

 
「育てる」
 「育てる」という行為は、「あてにされる」存在や行為としての意味をもち、ひとの慈しみ育てられることへの希求が投影、昇華され、達成感、充足感、 有用体験、自己尊重、自己評価へとつながる。

 「過ごす」
 植物が育つ時間の流れや環境にあわせて、「育ち」の時をともに「過ごす」ということが、季節や時間の感覚を取りもどし、時間や天候、植物の育ちという自然現象とのかかわりにおいて、現実世界の限界を知り、どうにもならないことをあきらめずに受けとめて待つという実存的事実の受容が、ストレス耐性を高め、自我を育てる。

 「感じる」
 植物の色や香り、形、肌ざわり、味わい、匂い、植物が育つ自然環境からの感覚刺激は、ひとの高ぶる気持ちを少し静め、沈み鬱(ふさ)ぐ気持ちを包 み込み支え、知覚・認知機能や感覚統合機能を賦活し、季節や時間の感覚の回復を促す。

 「採 る」
 自分が育てたものを利用する、恵みを受けるという行為は、衝動の適応的発散、達成感、充足感、有用体験、自己尊重、自己評価へとつながる。ま た、収穫行為は、適度な注意力や集中力を必要とし、知覚・認知機能、感覚統合機能を賦活する。


 
「使 う」
 育てた草花をもちいた創作的活動は、新陳代謝を増進し、身体の基本的な機能を賦活するそして、収穫したものを調理し食べることは、自我を開放 し、基本的な欲求(生理的欲求)をみたす行為である。また、収穫した野菜や育てた花、植物を利用して創ったものを他の人にプレゼントする、売る という活動もあります。プレゼントする、売るという行為は、社会や現実生活とのかかわりであり、具体的な社会適応技術の習得になる。

B 園芸における身体活動の精神面への効用

 
土を掘り、砕き、均(なら)すなど粗大な身体エネルギーを消費する身体活動は、抑圧され歪んだ衝動という心的エネルギーを身体的エネルギーに代 償し、適応的に発散し、衝動の発散や気分の転換をもたらす。また、緑と水と土、光と風に囲まれ、からだを動かす、思わず没頭してしまった活動に痛みや疲れを忘れ、からだのほぐしがこころをほぐす。 
  
  心理社会機能面

 協力して畑や花壇を作る。育てた草花を「きれいね」と見る道行く人、育てたトマトを買う人、おいしいと食べてくれる人がいる。そうした植物を通した人とのかかわりは、共有の体験となり、その共有体験を通して、相互のコミュニケーションがはかられ、二者関係技能をはじめ、さまざまなレベルの集団関係技能など社会性が育まれる。 

 **詳細は、『ひとと植物・環境』pp.75-88、青海社、2009
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