コミュニケーションとしての身体・作業に
 
 作業をもちいる療法は、このような病いや不慮の事故、加齢などで失われた身体や生活、社会との関係性をふたたび取りもどし、その人なりの生活の再建を支援するリハビリテーション技法の一つである。この身体や生活,社会との失われた関係性を取りもどす、作業をもちいる療法のプロセスは、目的がある具体的な作業を介した「自分の身体の確かめ」から始まる。作業活動にともなう五感を確かなものとして体感し、感知し、主観としての自己との相互関係として対象を認識することで、私たちは、「いま、ここ」にある自分を確認する.わが身がリアルな存在として確認されることで、あるべき生活の回復もしくは新たな生活の再建がなされる (コミュニケーションとしての作業・身体.作業療法 25(5),393-400,2006)。
 失われた身体との関係性を取りもどし、身体を介した自分以外のモノ、自然、人、コト、時間、生活との関係性を回復する。この作業をもちいる療法のプロセスは、身体とのコミュニケーション、身体を介した生活とのコミュニケーションそのものといえる。
 ひとと作業活動
  ひとと作業活動の関係は、次の図のようなオープンシステムとして示すことができる。作業活動にともなう身体からの自己情報と環境や対象からの外界情報が、身体を介して感覚情報として入力される。その情報から対象との関係を判断し、対処が決まると身体を通して実行するということを示したものである。
 ひとは身体を通して自分の状態や外界の状況、自分と外界の相互性を判断し、身体により自分の思いを遂げる。身体として存在し、身体を生きている存在にとって、自分(意識している自己)と身体との関係性の喪失は、自分の思いを遂げることができなくなる、日々の生活におけるさまざまな活動の制限を意味する。


     
 病いや障害による関係性の喪失
                                 関係性喪失のプロセス 

 自分と身体、生活、社会との関係性が、病いや障害により失われていくプロセスを簡略に図示すると、次の図のようになる。身体の感覚や運動の障害には、器質性のものと機能性のものとがある。器質性のものは、疾患や事故、加齢、ストレスなどにより、中枢神経系や末梢神経・筋・骨・関節などの運動器系が、器質的に変化したことに起因するものをいう。それに対し、機能性のものは、身体になんらそうした器質的な変化はないのに、感覚や運動の障害がみられるものをいう。
 そうした器質性、機能性の感覚・運動障害により、身体が思うように動かないとか、思いとは異なる動きをする、自分の身体の実感や存在を感じない、といったさまざまな自分と身体の乖離が生じ、身体との関係性が失われる。また、自分の身体の実像が受け入れられず異なった身体像(body image)を確信する、失って存在しない身体の存在を感じるなど、精神病理的な原因による心と身体の乖離、自分と身体との関係性の喪失もある。


               


                                 関係性喪失

1)器質的要因による関係性の喪失
 器質的要因による関係性の喪失:
 
中枢神経系や末梢神経・筋・骨・関節など運動器系の疾患や外傷 → 器質的な変化にともなう感覚や運動の障害による自分と身体の関係性の喪失  器質性の感覚や運動の障害には、表の例にあげたように、運動器系にあたる神経筋骨格系の疾患や障害によるものと、脳などの中枢神経系の疾患や障害によるものとがある。
 
神経筋骨格系の疾患・障害によるものとは、末梢神経系の疾患や障害による筋緊張の低下や、運動麻痺などで身体が思うように動かない、感覚麻痺のため目で確認しないと自分の身体の動きや四肢の位置がわからない、疾患や事故による四肢の損傷や変形などで身体のはたらきが不自由になるといったものをいう。
 
中枢神経系の疾患・障害によるものは、脳出血や脳梗塞などの脳血管性障害、頭部外傷による脳損傷、腫瘍、さまざまな神経疾患、器質性の精神疾患などに起因するものをいう。中枢神経系の疾患・障害では、感覚情報の入力の減少や遮断、感覚・知覚機能の障害や異常、運動の企画や運動器系への伝達の障害や異常などにより、身体が思うように動かない運動麻痺、思いとは異なる動きをする不随意運動、身体が誤った動きをする観念運動失行や観念失行、身体の存在を無視する身体失認や患側無視、 実在するものを無視する半側空間無視、実在しないものが見えたり聞こえたりする幻視や幻聴などが生じる。

2)機能的要因による関係性の喪失
 機能的要因による関係性の喪失とは、中枢神経系や末梢神経・筋・骨・関節などの運動器系に器質的な変化はみられないのに、感覚や運動の障害がみられるものをいう。
 @身体に関する認知の障害・異常
 身体に関する認知の障害・異常は、身体図式(body schema)の機能障害で、切断などの事故により手足を失った者が、失われた手足がまだ存在するかのように感じたり、末梢神経が欠損しすでに身体に刺激を受容する神経細胞が存在しないにもかかわらず、その部位の知覚が生じる幻肢phantom limbや、現実の身体とは異なる身体像(body image)を抱き、極端な食事の制限や過度の摂取などによりさまざまな問題が引きおこされる摂食障害(eating disorder)などがある。また、器質性要因によるものと同様、身体の知覚の異常、認知の異常として、実在しないものが見えたり聞こえたりする幻視や幻聴がある。
 A精神病理を含む心因性のもの
 精神病理を含む心因性のものとは、統合失調症などでみられる、強い緊張や不安から、身体が受けとめているはずの感覚が遮断されたり、適切に知覚・認知されないといった心理的防衛によるものや、ICD-10のF44解離性(転換性)障害(dissociative [conversion] disorders)に類するものをいう。


  
  
 失われた現実を取り戻す−関係性の回復
  作業をもちいる療法は、作業・身体を介して、自分と身体、そして対象世界との関係性の回復をはかるものである。作業をもちいる療法の治療機序を、脳機能と生活機能という視点からみれば、
 @ 疾患や障害により現実の身体との乖離が生じた身体図式(body schema)、脳地図の修正
 A 疾患や障害により機能不全をおこしている自己情報や外界からの感覚情報の入力システ   ム、知覚認知機能の改善
 B ニューラルネットワークの強化、形成
 C 回復した心身の統合機能をもちいた生活の再建、社会参加の促進
といったことが考えられる(心身統合の喪失と回復−コミュニケーションプロセスとしてみる作業療法の治療機序.作業療法27(1),73-82,2008)。
 これらは、神経心理学レベルのものから生活にいたる、作業を介した心身の機能、活動と参加に関する生活機能の再学習にあたる。


                      


                          作業−生活機能モデル

 自分と身体との関係性を取りもどし、生活を再建するプロセスを図示すると、次の図のようになる。これは、作業を介した生活機能(心身機能、活動、参加)の回復、すなわち作業療法の治療機序を示すもので、「作業−生活機能」モデルとして提唱する。

 病いや不慮の事故などによって失われる生活、その失われた生活とのかかわりを取りもどす試みは、対象者自らが主体的に作業をすることで、自分の身体が思うように、わが思うまま(意思)に動いてくれるかどうか、「自己の身体の確かめ」から始まる。「自己の身体の確かめ」とは、病いにより閉ざされた感覚・知覚機能を呼びもどし、身体がどのように機能するかを確かめ、たとえ思うように動かない、元のように機能しないとしても、今ある身体を自分の身体として認識し受け入れることである。



         

 コミュニケーションとしての身体・作業に
 **詳細は、『治療・援助における二つのコミュニケーション三輪書店,2008