NMT理論と技法の検証に
 認知リハビリテーションの領域には、MSOT、MNT、APT、MACT、MMT、AMMT、MEFT、MPCの8つの技法が示されている。

   注意・識別訓練に関すするもの:MSOTMNTAPTMACT
          記憶訓練に関するもの:MMTAMMT
          遂行機能訓練に関するもの:MEFT
          心理社会的行動訓練に関するもの:MPC

 NMTはすでに作業療法、理学療法、言語聴覚療法などリハビリテーションの臨床で確立されている既存の技法の介入手段を音楽に置き換えることで、効果の根拠があるという仮説(R-SMM)の元に変換デザインモデル(TDM)を示し体系化を図っている。しかし、この認知領域に関しては、2005年のテキスト出版時には技法もその効果判定もされているものはなく、その後の検証がどの程度行われているのか不明である。現在技法やその検証はNMTをもちいている人たちによって進められていると言われている。
 今後の検証が期待される。
 

 2005年の段階では、認知リハビリテーションに対するNMTの技法の多くは研究段階にあり、この領域の技法としては、唯一注意機能に対して「音楽による注意コントロール訓練法(Musical Attention Control Training: MACT)」が示されているだけである。その他に関しては、セラピストが通常の認知リハビリテーションの原理をTDMNMTとして応用するように勧めていて、技法の呼称はあげられているが内容は具合的に示されていない。MACTも聴覚刺激に対する注意機能の訓練にはなるが、それが通常の生活における注意機能の障害の改善に汎化するかどうかに関する検証はない.これも検証が待たれる。
 精神認知領域の精神療法やリハビリテーション技法に音楽の特性を活かすにしても、神経疾患にともなう障害というNMTの仮定からすれば、さまざまな精神疾患をその範疇に入れるのかどうかということも問われる。

 こうした実情からすれば、
NMTという体系の中で現在効果が確認されていて有用なのは、歩行と発話の基本的な訓練が主で、次いで視覚刺激とは異なる空間の位置同定特性をもちいた注意機能訓練や音楽の回想機能の利用ということになる。それらをどのように活かすか、またまだ確立されていない他の技法の構築や検証が臨床家に問われるであろう。神経学的な根拠を示すというNMTの着眼点は重要なことであるが、NMTがすべての音楽療法を網羅しているという説にはかなり無理があり、これまで音楽を療法としてもちいてきた人たちからの反論もあるであろう。神経学的視点から音楽を捉えるという着眼を生かすべく、適応対象を定めて利用することが必要であろう。


音楽による感覚見当識訓練:Musical Sensory Orientation TrainingMSOT)            

概要:MSOTは、音楽刺激で注意を引き意識を覚醒させることで反応を引き出し、見当識障害の改善を図る
適用:主に、認知症の見当識障害
聴覚障害がある人に音で場所を知らせるのと同じ方法で、時間や場所、人などと音楽を関連づけるもので、認知機能の低下した人に対し固有の音楽や音など聴覚刺激で注意を喚起する。授業の始まりのチャイムなども同様のもの。音と人や時間、場所との結び付けを利用したもので、数が多くなるとかえって混乱させるので、注意が必要。

音楽による空間無視に対する訓練:Musical Neglect TrainingMNT                    

概要:NMTは、楽器の配置などを工夫し、なじみのある曲や簡単な曲の模倣により演奏をすることで無視された視空   間へ注意を向ける
適用:主に、脳血管性障害、外傷性脳損傷による半側空間無視が対象

半側空間無視など視覚的に不注意になったり、患側無視のように感覚的に不注意になりやすい場合に聴覚刺激で注意箇所を知らせるもの。簡単で曲を知っている演奏でないと利用できない。従来から行われているもので、NMTとしての体系化上名称をつけたものと思われる。従来の技法との違いは不明。 

聴覚識別訓練:Auditory Perception TrainingAPT                                

概要:APTは、音楽による聴覚刺激に対する識別能力を促進する
適用聴覚刺激の識別障害?
聴覚刺激の識別障害という限られた対象の訓練には使えるが、識別障害一般に応用できるものではない。適応がかなり限定される。
 
 音楽による注意コントロール訓練:Musical Attention Control TrainingMACT)         
概要:MACTは、音楽を聞き分けることで注意機能の維持性・転導性・選択性・分配性などを訓練する。
適用:主に、高次脳機能障害にともなう注意障害に対して、リズムを聞き分けながら模倣するなどの方法がもちいら
   れる

視覚刺激は聴覚刺激に比べて情報の到達時間が速く、空間の位置同定精度が高いが、後方や空間の無視側から刺激には注意が向かないそれに対し聴覚刺激の利点は、時間特性の識別にあり、時間的特長の識別場面では、視覚情報と聴覚情報が矛盾するとき、聴覚情報が優先される。そうした意味で、音楽を用いた注意訓練は有用であるが、現在技法の確立と検証が始まった段階にあり、その効果の日常生活への汎化に関してはまだ確認されていない.

音楽による記憶補助訓練:Musical Mnemonic TrainingMMT)              

概要:MMTは、音楽を用いて日常生活に必要な手続き記憶や宣言的記憶(エピソード記憶と意味記憶)を促進する。
適用:主には高齢者や外傷性の高次脳機能障害の軽度の記憶障害にもちいられる。
音や簡単な音楽と物の名前のような簡単な単語とを関連させて記憶させるもので、MSOT と類似の機能を利用したものといえる。単語レベルの記憶の補助的なものであり、人の名前の記憶などに使われるが記憶数はかなり限られる。臨床的には、作業療法などにおいては、従来からグループワークのウオーミングアップやレクリエーション的はもちい方がなされているもので、これもNMT独自のものではない。
 音楽による連想的気分・記憶訓練:Associated Mood & Memory TrainingAMMT         
概要:AMMTは、音楽による刺激で、その音楽に関連する記憶と連想される気分や心理状態へアクセスすることで、連   合記憶の想起を促す
適用回想の媒介としての音楽は、味覚と並び認知機能の比較的重度な障害に対しても有効な刺激といえる。
音楽からの連想による回想機能を利用したもので、記憶のネットワークに連合した気分に生活史に関連する音楽を用いてアクセスすることで連合する気分を誘発するものである。しかし、これも従来から行われているもので、NMTとしての体系化上名称をつけたものと思われる。従来の技法との違いは不明である。AMMTというかどうかは別として、回想と誘発刺激という点からは、音楽は味覚と並ぶ有効な刺激としてもちいられている。それを否定するものではない。 

音楽による遂行機能訓練法Musical Executive Function TrainingMEFT)          

概要:MEFTは集団または個人での即興演奏・作曲活動をおこなうことで、系統立て、問題解決、意志決定、根拠付   けなどの遂行機能障害の改善を図る
適用
音楽の演奏や作曲という限られた活動によるものなので、生活場面における作業遂行機能に対して、音楽を用いて行ったことがどこまで汎化するかが問われる.そのため、適応対象が大きく限られることに留意しなければならない。 また、基本的な志向としての考えは示されているが、技法としての確立も臨床的確認も十分なされていないものと思われる。音楽により遂行機能の改善にどのような効果があるのか、また音楽による体験が汎化するかどうかについても検証されていない。今後、これを技法としてどのように活かすかが問われるものと思われる。
 音楽による心理療法とカウンセリング:Musical Psychotherapy & CounselingMPC)    
概要:MPCは、音楽鑑賞・音楽によるロールプレイ・即興演奏・作曲活動などにより、気分の抑制、感情表現、情動   の修正、認識、現実見当識、社会的交流等の問題への取り組み、心理社会的機能を促進するとされる。
適用:仮説からすれば精神療法(心理療法)の対象が相当する。
従来から音楽を用いた心理療法として音楽療法で行われている、言語コミュニケーションの補助として音楽の非言語コミュニケーション機能の利用で、これもNMTとしての体系化上名称をつけたものと思われる。従来の技法との違いが不明である。NMTと呼ぶかどうかは別にして、部分的にせよ音楽の非言語特性を利用してこれを行うには、精神療法の基本的な知識があり、十分にトレーニングを受けた者でないとリスクが大きい。音楽に限らず言語の補助もしくは代替として諸活動の非言語機能を用いる場合には、精神療法の知識なしに行うことは大きなリスクを伴うであろう。また、音楽の非言語性の有意な点とその範囲を考えることなしに利用はできない.