NMT理論と技法の検証
  ひとと音・音楽に    
  感覚運動領域   :歩行障害など身体の運動機能のリハビリテーションに関する領域
  言語/発話領域  :発話・言語機能のリハビリテーションに関する領域  
  認知領域     :注意機能など認知面のリハビリテーションに関する領域
  タウト氏との対談 :
タウト氏とYamaneの対談記録
 NMT;神経学的音楽療法)は、音楽と脳神経機能の関係から、神経疾患を原因とする感覚機能、運動機能、認知機能の障害に対して、音楽の諸要素を手段として治療的介入を図るというもので、1990年代後半にMichel H. Thaut氏らを中心に体系化が始まった。

音楽がその豊かな特性ゆえに、技法として臨床経験が積まれたものから、音楽をもちいるものすべてを音楽療法と称されている現状がある。そうした中でNMTは、すでに作業療法、理学療法、言語聴覚療法などリハビリテーションの臨床で確立されている既存の技法の介入手段を音楽に置き換えることで、効果の根拠があるという仮説の元に体系化が試みられているものである

NMTという体系化の試みは、音楽の特性を療法として利用するという点では必要なことである.しかし、分類された19技法は,従来音楽療法という範疇でなされてきた技法と大きく異なるものではない.NMTとしての体系化のために名称を整理したものもある.また、音楽療法の全域を網羅しようとしているためか,神経疾患にともなう障害に対する音楽の利用という仮説にそぐわないものも組み込まれている.さらに,従来のリハビリテーション技法の介入手段を音楽に置き換えが無理なものや置き換えても効果と適応に限界があるものもある。そうしたことを十分認識しないで使われはじめていることに危惧を抱

理論が希求されている時だからこそ、盲従することなく、客観的に効果と適応、限界を知ってもちいることが必要と考える。創始者には創始者の思い入れもある。その思い入れの中から普遍的なものを明らかにし、正しく利用することが、理論や技法を追試する者の創始者に対する姿勢である。そのため、音楽療法を専門とする者ではないが、心身の機能・構造の障害とそれに起因する生活機能障害全般のリハビリテーションを行うOccupational Therapy の視点から、NMTの理論背景と治療仮説、その効果の検証を試み、現在技法としてほぼ確立されているもの、仮説の段階でまだ技法が確立していないもの、技法の適用対象の適否などについて整理してみた。

*なお、この検証は、2005年に出版された“RHYTHM, MUSIC, AND THE BRAIN Scientific Foundations and Clinical Applications”と“Music Therapy in the Treatment of Adults With Mental Disorders: Theoretical Bases and Clinical Interventions”、および200911月に機会があったThaut氏との対談、その他いくつかの文献における確認に基づくものです。2005年出版のテキストは協同医書から訳本が2006年に出版され、2011年には再訳がなされている。

 音楽の豊かな特性をさらに活かすため、NMTに関しより適切な情報を知っておられる方は、もしくは私が誤認している内容があれば、ご教示いただければ幸いです。


                         ※ご教示はkanyamjp@yahoo.co.jpまで

  まず誤解と誤用を避けるために
 NMT(Neurologic Music Therapy)とその訳「神経学的音楽療法」について

この表題からは、神経学的な視点もしくは神経学的な根拠に基づいた音楽療法というように思われるかもしれないがNMTは神経疾患に起因する感覚機能、運動機能、認知機能の障害に対する従来のリハビリテーション技法の介入手段を、音楽の要素に置き換えたものであり、正確には「神経疾患にともなう機能障害に対する音楽療法」というべきもの。


  1:NMTは、従来のリハビリテーション技法の介入手段を、音楽の要素に置き換えたも
    のである.
  2:現在,歩行と発話に関するものが技法として体系化されている.後は考え方を示し
    てあり、技法の確立や検証が進められている。
  3:上記の理由により、感覚運動領域に取り入れる者は、理学療法や作業療法と連携で
    きる身体の機能と構造,および疾患や障害に対する知識,通常おこなわれているリ
    ハビリテーション技法に関する知識が必要である。同様に言語発話領域に取り入れ
    る者は、同様の知識と言語聴覚療法の技法に関する知識が必要である。
  4:認知領域に関しては、精神認知機能と障害およびそのリハビリテーション技法に関
    する知識、特に,MPCに関連する用い方を試みる場合は、技法も未確立であり、精
  
  神療法の基本的な知識があり、十分にトレーニングを受けた者でないとリスクが大
  
  きい

 

基礎となる定義と課題

 NMTでは、以下の五つの定義を重要な理念とし、その臨床応用を「感覚運動リハビリテーション」「発話・言語リハビリテーション」「認知リハビリテーション」の3つの分野に分けている。

 @ 神経疾患に起因する認知、感覚、運動機能障害に対して応用される
 A 音楽知覚や音楽活動、音楽以外の活動における脳と運動機能の変化に対する音楽の影響に
   基づく

 B 技法は科学的な臨床研究結果に基づいていて、音楽をもちいない治療の目標と一致する
 C 技法は標準化され、音楽による治療的な介入法として応用されている
 D 
NMTを行う者は、音楽やNMTの訓練に加え、神経解剖学と生物学、脳病理学、医学、認知
   、行動発話言語機能のリハビリテーションに関する教育を受けている


定義の解釈

@については、神経疾患に起因し精神医学的なリハビリテーションも含むとテキストでは表現されているが、精神認知機能に対する技法は、記憶と注意機能に対するものが一部示されているだけで、他は可能性を示唆している段階にとどまり、技法の詳細な記述は示されていない。精神疾患に対する試行は、コロラド大学の近隣に精神科病院がないため、Thaut氏自身も経験がないと言っている。NMTの分類では、「音楽による心理療法とカウンセリング法(Musical Psychotherapy & Counseling MPC )」という技法があげられているが、精神科治療・リハビリテーションの領域においては、すでにさまざまな活動の非言語性を言語の補助手段としてもちいる精神療法的介入がなされており、音楽もその一つである。すでに行われている治療的介入を、あえてNMTの分類としてMPCと別名称をつけて分類することの意味と意義に関しては、検討が必要である。詳細な技法を示さず名称だけあげられていることの意味が十分説明されていないため、誤解を生む危険性がある。 

Aについては、活動によって機能する身体部位と機能、賦活される脳神経領域と賦活のされ方が異なるため、後述するTDMの4のステップにおける留意点と同様な留意が必要である。 

Bについては、NMTが既存のリハビリテーションにおける治療的介入手段を音楽に置き換えておこなうものということで、NMTEBMEvidence-based  medicine;根拠に基づいた医療)を示すためのものと思われる. 

Cについては、現在技法としてほぼ確立されているもの、仮説の段階でまだ技法が確立していないものがあり、標準化され応用されているものは限られている

Dについては、心身機能・構造および活動に関するリハビリテーションに関与する職種すべてに共通するものである。ただ、専門の講座をもつ大学で学んで資格を得た者と、コロラド州立大学で行われる研修を受講して資格を得た者との知識や技術の質的な差はかなり大きいいと思われる。NMTが掲げる目標に対して知識や技術の担保が低すぎる。厳しいかもしれないが、日本でリハビリテーションとして行う場合には、この質は確実に問われる。



 現在、NMTの「神経学的音楽療法士(fellow)」の資格は、コロラド州立大学で、年2回行われる4日間30時間の「Neurologic Music Therapy International Training Institute(神経学的音楽療法国際研修会)」で研修後、NMTアカデミー会員になり、その後、3年以内に16時間の「Neurologic Music Therapy Fellowship Training(神経学的音楽療法フェローシップ・トレーニング)」を受講し、NMT実践場面(最低2領域における技法使用)の映像3事例のプレゼンテーションを行い、参加者全員の投票で称号授与の適否が決定される。そして、5年ごとに、資格継続トレーニング受講する必要がある。
(参考:2009年現在、米国音楽療法協会AMTAのメンバーは総数2000名弱で、その半分の1000名あまりがNMTを受講)


 事例の報告や資格継続トレーニングなど、臨床を重視するシステムと思われるが、本来与えられる資格の基本的知識と技術のレベルの問題、そしてその継続のためコロラド大学まで行くという家元的方法など、費用対効果という点で、この方法で実践者の質と量の確保がどの程度可能かが大きな課題である。
 ちなみにOTやPTの国家試験を受験する資格を得るには、基礎14単位(約420時間)、専門基礎26単位(約780時間)、専門45単位(約1250時間)、臨床実習18単位(1000時間以上)の単位を大学もしくは専門の養成教育施設で取得することが最低条件である。それでも質の担保が問われるため、JAOT日本作業療法士協会では生涯教育システムを設け、国家資格取得者に対するさらなるレベルアップを図った認定作業療法士、認定作業療法士取得後が特定領域に対する高度専門職としての資格である専門作業療法士制度を設けている。いずれの職種もこうしたハイレベルの知識や技術が問われる時代になっているのが現状である。
技法の枠組み

 NMTが、神経学的リハビリテーションとして成立するためには、次の4つのパラダイムが重要としている。

  
@ 神経科学に基づいたリハビリテーション
  A 学習・訓練モデル
  B 脳の可塑性モデル
  C 神経科学的な誘導モデル


 一般に行われている感覚・認知・運動系のリハビリテーションの仮説理論に準じたものと言える。@の「神経科学」は、リハビリテーションという視点から、またNMTの目的からすれば「認知神経科学」のほうが適切。AとBは、共通の基盤にあるもので、心身機能の学習・訓練は、脳の可塑性があるから可能なもの。また、CはAに必要な刺激の与え方を示すものと思われる。
 
 脳の可塑性についてはCLICK⇒ 脳の可塑性

合理的-科学的介入モデル(R-SMM)

 R-SMM(Rational-Scientific Mediating Model)は、音楽活動を介入手段として働きかけたことによる行動や反応が、音楽以外の介入手段段として働きかけたことによるものとどの程度相関があるかを調べることで、音楽活動をもちいて訓練することが有用であるということを示すための研究
モデルといえる。下図はその関係を示したものである。
                    
                  
        


 この合理的-科学的モデルは、治療的介入モデルではなく、次に示すTDMと同様に、NMTを学ぶ音楽療法士が音楽をもちいた治療的介入を行うとき、その介入が通常のリハビリテーションとしての介入と同じような効果があるかどうかを検証する流れを示したものである。NMTで紹介されている技法はすべてこの手順で作成されており、そのことでNMTが合理的で科学的な根拠であるとしている。したがって、通常のリハビリテーションで行われていない、すなわちモデルとなる音楽を用いない技法がないものに関してはどうするのかが問われる。 


学習・訓練モデル(TDM)


 
TDM (A Transformational Design Model for Neurologic Music Therapy Practics) は、音楽療法士の教育用に考えられたものである。


           
  

 この教育用変換モデルは、音楽療法士がすでに行われているリハビリテーション技法を音楽を用いて介入するとしたらどのようにすればいいかという基礎研修モデルでである。したがって、通常のリハビリテーション技法で行っている介入手段を音楽に置き換えて、同様な効果もしくはそれ以上の効果がみられる時にNMTは有効と考えていると言える。
 ステップ4の治療的音楽経験が、治療的介入に必要な心身の機能を反映しているかどうかというところがキーポイントになる。 

 NMT3領域19技法について

 NMTは、感覚運動領域、発話・言語領域、認知領域の3領域19技法で体系化されているが、技法として確立検証されていないものがある。特に認知領域は、半側空間無視,注意コントロールの一部以外は仮説の提案がなされ、具体的な方法に関しては実践者に委ねられている。                     


                    

 
 NMTは、全体として完成されたものではなく、将来的な発展を志向する仮説理論の体系を示したものといえる。技法として検証されてほぼ確立されたもの、枠組みを示したがまだ十分な検証が済んでおらず技法としても確立されていないものも多い。

 対談でThaut氏は、NMTは従来の音楽療法のすべてを含むと言われていたが、一方で米国では認定音楽療法士がトレーニングを受けて実施できる特殊な音楽療法アプローチであるとも話されていた。NMTが従来の音楽療法のすべてを含むということは、創始者としての願望が含まれたものと思われる。神経疾患に起因する認知、感覚、運動機能障害に対して応用されるという、NMTの定義からすれば、飛躍しすぎている。この点についても、音楽とその神経学的特性を正しく治療として活用するために、適応と限界という観点から、客観的な整理が必要である。


 なお、19挙げられている技法のうちこうした検証がすんでいて論文等で紹介されているものは、感覚運動領域のRASや発話・言語領域の一部で、認知領域に関しては検証中、もしくは仮説段階で検証方法そのものを模索段階と思われる。無理な分類が影響している可能性が大きい。

 テキストでは、すべての技法が具体的な根拠に基づいて示されたものではなく、この仮説理論を試みる音楽療法士自身がR-SMMモデルを使って確認するようにと述べているにとどまっている。このレベルで従来の音楽療法のすべてを網羅しているという発言は誤解を招く。