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「精神障害と作業療法」に |
作業療法の詩−ふたたび(青海社)より |
作業療法の治療・援助構造 |
作業療法は、対象者と作業療法士の治療・援助関係が、作業・作業活動を介して成りたっている。対象者が実際に自分で作業をする、他者と交わるという主体的な体験(身体的体験、精神的体験、心理社会的体験)、作業・作業活動を介してかかわる、といった人や物との対象関係を利用する。作業療法がおこなわれる場も、目的と対象者の状態に応じて、病室から居宅までさまざまな場でおこなわれる。おこなわれる場所によっても効果が異なり、作業を共におこなう人との相互作用も大きく影響する。
この治療・援助構造の特徴により、実際の作業療法の場では、作業療法士の意図を超えて、さまざまなできごとが生まれる。いくつもの要素は、息のあったジャズのような調和の効果を生むこともあれば、不協和音になることもある。しかしこの多彩な要素こそが、リハビリテーションとしての作業療法のふところの深さであり豊かさである。 |
対象者−主体として |
作業療法は、「施される」「受ける」受動的な医療 (cure、care) ではなく、本人が主体的に「取り組む(do)」「対処する(cope)」こと 、すなわち対象者の納得と主体性を前提とした、サービスを提供する者と利用する者との協力(cooperate)する関係によって成りたつ。
主体性を奪われ失った者は、主体性を限りなく押し殺すことで、かろうじて自己を護ろうとする。そうした人たちが、ほっとし、やすらぎ、もう一度自分の人生に望みを抱いて、自らの生きがいや生活を取りもどす、その主体性の回復があってこそ作業療法の援助が意味をもつ。
そして個人の基本的な能力(ability)と可能性としての能力(capability)としては、どのようなものがどの程度あるのか、対象者自身が自分の状態をどのように理解(自己認識)し、どのように受け入れているのか(自己受容)、といったことを理解しなければ何も始まらない。
主体としての対象者の要素
項 目 |
詳 細 |
ICFとの関連 |
これまでの生活 |
生活の歴史
病気と健康
家庭や社会生活における役割体験 |
個人因子 |
いまの生活
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心身の状態 |
精神機能と障害 |
心身の機能・構造 |
身体機能と障害 |
生活活動
社会参加 |
−活動の状態と制限
−社会参加と制限 |
活動状態 参加状態 |
これからの生活 |
今後の生活や将来への希望
周囲の期待 |
参加意欲
人的環境因子 |
どのような所で |
生活の環境 |
人的環境 |
環境因子 |
物理的環境 |
利用可能な制度や資源の有無と内容 |
なにを活かして |
基本的な作業遂行能力
職業技術など特殊技能
趣味、特技など |
心身の機能
個人因子 |
自分との対峙 |
自己能力の現実検討と自己認識
障害に対する認識と自己受容 |
(自己対峙) |
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作業・作業活動−生活のいとなみ |
ひとは作業という具体的な行為や体験を通して、自分以外の世界とかかわり、自他の関係を学び、生活に必要な技術を身につけ、自分の気持ちを表したり、達成感や有用感、有能感、欲求などを満たしながら、自分の生活をいとなむ。作業療法では、この生活のいとなみとしてのひとと作業・作業活動の関係を利用して、病的世界から現実生活への橋渡しをし、低下した心身の機能の回復、失われた自信の回復、新たな生活技能の習得などを手助けする。(作業の分析や作業の分類などは「ひとと作業・作業活動」を参照)
作業・作業活動の要素
項 目 |
内 容 |
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基礎項目 |
作業活動名
必要な道具、材料
完成までの所要時間、回数
対象年代、性
費用 |
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環 境 |
必要な空間など物理的環境
人的環境
社会・文化的環境 |
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工 程 |
作業工程数
各工程の内容 |
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運動機能 |
運動の粗大度、巧緻度
運動の部位、作業時の肢位の変化と大きさ
運動の速さ
運動にともなう抵抗
リズムの有無と内容
繰り返し動作の量と内容
運動の対称性
主動関節と可動範囲
主動筋群、筋作用、筋力 |
作業の合目的的な行為のために意識して身体をもちいる。
その行為にともなって身体をどのように使うか、身体エネル
ギーがどのように使われるかが、精神障害に対する作業療
法に重要な治療要素となる。 |
感覚・知覚・認知機能 |
主に入力される感覚、必要な感覚
必要な知覚−認知機能
注意、集中、持続がどの程度必要か
理解、判断、新たな学習がどの程度必要か
計画性がどの程度必要か |
心身の機能が低下しているときほど、身体感覚は治療・援
助におけるかかわりにおいて、重要な要素となる。 |
道具・材料 |
道具に象徴されるもの
道具の扱いやすさ
材料に象徴されるもの
材料の可塑性、抵抗、統制度 |
ひとは発達の過程で道具を使うことで、自分の身体の機能
を育てると同時に、その機能を超えて世界とのかかわりを
もつようになる。作業でもちいる素材が象徴するもの、可塑
性や抵抗の程度などの扱いやすさ、素材の感覚的刺激と
いった素材そのものの特性も対象者に影響する。 |
作業活動・作品 |
表現の自由度、独創性
作業活動によって誘発されやすい感情
作業活動にともなう自己愛充足度の機会
作業活動の難易度
作業活動の結果の予測性
作業活動の結果の種類と再生産性
作業活動および作品の社会的・文化的意味 |
本人の主体的な行為がともなって初めて効果が生まれる
作業療法にとって、作業活動やその結果のもつ社会的意
味、個人的意味は、モチベーションへの影響という形で対
象者の主体性に大きな影響をもたらす。 |
交流・コミュニケーション |
対人交流の特性
必要なコミュニケーションと形態 |
作業をおこなう場合、他者とどのような協力や連携の仕方
が必要か、その作業の特性によって、ひととひととの物理
的距離が決まる。この作業の種目によって決まる物理的距
離は、対人的な心理的距離に等しくなる。 |
リスク |
身体的リスクの可能性と内容
心理的リスクの可能性と内容 |
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作業療法士−自己の治療的利用 |
作業療法士も対象者が出会うであろう多くの治療者、援助者の一人であるが、作業・作業活動をもちいるという特性から、作業療法においては他の療法以上に、作業療法士という役割の人間の存在やありようが重要な要素になる。そのため自己を治療的にいかに利用するかということが問われる。「自己の治療的利用(the
therapeutic use of self)」(Frank, 1958)
リハビリテーションにかかわる者は、どの職種であっても対象者の生活に視点を置いて考えている。作業療法士が他の職種と大きく異なる点は、疾患や障害に関する医学的知識を背景に、具体的な作業を媒介に生活機能と環境との相互性から対象者の機能と活動・参加をとらえ、日々の生活を構成する具体的な作業・作業活動を手段として援助をするという点にある。
十分な関係ができていない初期は、対象者が作業療法士に抱いているイメージから生まれた、作業療法士からみれば期待され、とらされている役割と作業療法士がとっている役割には、当然のことながらズレがある。治療や援助の過程とは、お互いが相手に抱くイメージの違い、求められている役割のズレを認め、より現実的な方向で、信頼できる関係を作ることにむけて、治療・援助にあたる者と対象者が協力していく過程といえる。
対象者と共に作業をおこなう作業療法では、どのような役割をとらされても、またとろうとしても、作業療法士が今ある自分(年齢、性別、経験、職位、パーソナリティ、その他)と自分自身がもつ知識や技術を大きく超えた役割をとることは不可能である。自己の治療的利用とは、作業療法士の年齢、性別、人生経験、職業上の役割や、長所にも短所にもなりうる自己のパーソナリティの特徴など、自分自身の特性を、作業療法における対人関係のなかで、自然に活かすことをさしている。
作業療法士が留意すべき自己の影響
双方の年齢、性別の影響
思春期から青年期の同世代、同姓の場合、作業療法士が妬みや攻撃の対象となることがある。作業療法士が対象者の言動に困惑し、おびえたり、対抗したり、無視したり、迎合するなど、不安定な態度を示せば、対象者に潜在する罪責感を意識化させることになる。
異性の場合は、対象者の未成熟な性的衝動が、そのまま作業療法士にむけられることがある。対象者の接近する態度を、対象者と親しい援助関係を作るつもりで曖昧に受け入れると、恋愛妄想の対象になるなど、難しい問題に発展することもある。年齢や性別は変えることのできない個人的特性であるが、変えることのできないその事実を活かすかかわりがなされるとよい。
作業療法士の依存性の影響
成熟した依存ができない場合には、依存することに罪責感をもつことが多い。作業療法士のそうした感情が対象者に投影され、拒否、攻撃、無視といった言動として現れることがある。
反対に、相手に依存することで関係を作ろうとする傾向にある場合は、相手が異性であれば、そうした作業療法士の依存的な(甘えた)言動が、性的な誘惑サインになることがある。
作業療法士の攻撃性の影響
作業療法士がなんらかの不満や怒りを抑圧している場合、それが対象者に投影され、攻撃という形で現れることがある。作業療法の過程では、その攻撃性は、対象者を無視したり、競ったりという形になりやすい。また、対象者から自分が攻撃されていると感じる場合にも、自分の意識下の攻撃性が投影されたものであることが多い。
作業療法士の自信のなさの影響
作業療法士が自分に自信がない場合、対象者の要求に曖昧に合わせていると、対象者の防衛的な対人パターンに巻き込まれてしまう。また自信のなさが反動的に現れる場合は、支配、攻撃という形になる。いずれも自分の自信のなさに対する防衛によるもので、安定した距離を保つことができず、治療・援助関係の妨げとなる。
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集団・場-集まり、集めることの利用 |
作業療法では、作業を介した他者との関係のなかで、対象者自身がひとに受け入れられ、自分を受け入れ、ひととのつきあいの距離や自分のコントロールの仕方を身につけられるように援助する。
ひとと集団
ひとは生まれたときからいろいろな集団を通して育つ社会的な存在であり、集団を離れて生きることは難しい。自分と似た仲間を求め、自分が1人ではないという普遍的体験と、自分のあるがままが他者から受容されることで、自分を受け入れるようになる。また、自分の存在や行為が認められたり、他者の役に立つことで、自分の存在を確認し、自分自身を大切にする気持ち(自己尊重)が生まれる。他者からの承認や愛他的行為が自己確認と自己尊重をもたらす。また、他者を比較の対象として自分を位置づけながら、他者をモデルに自分を確立していく。
集団の治療因子
療法集団にかぎらずひとの集まり(集団)をもちいる基本は、「ここに来るとほっとする」、「なんだかもう一度やれそう」、そんな思いがもてる場を提供する(希望をもたらす)ことから始まる。「自分だけではない」という安心感をもたらす大切な体験(普遍的体験)と自分の存在そのままが他者に受け入れられること(受容される体験)により、ひとは安らぎ、癒され、自分自身を受け入れる。
そうして、自分が必要とされるという「よい体験(愛他的行為)」をし、助言や情報を得(情報の伝達)、自己確認や自己評価(現実検討)が始まる。
「ああ、そうか」、「こんな方法でもいいんだ」、生活技能やほどよい人との関係のもち方などは、ひとと共に活動するなかで身につく(模倣・学習・修正)。悩み苦しんでいる自分の気持ちを聞いてくれる人がいる、わかってもらえる人がいることで、悩み・苦しみが薄らいでいく(表現・カタルシス)。
気持ちにゆとりが生まれ、お互いに助け合い(相互作用・凝集性)、ひとと共に何かをおこなうこと(共有体験)で、自信が生まれたり、交流が始まる
。出会いや別れ、病気、苦しみ、ひとの努力では避けることのできない現実は、他の人に起きたことを見聞きすることで、あるがままを受け入れることを体験する(実存的体験)。
集団の構造因子
集団の大きさ(メンバー数)
レクリエーションなどでは、30〜100人といった大集団でおこなわれることもあるが、治療的におこなわれる小集団は、4〜5人程度から12〜13人程度が効果的である。
メンバーの等質性
性別、年齢、障害などメンバー間の差が少ない同質集団のほうが、相互の共感が得られやすく、凝集性も高くなりやすい。同質性の高い等質集団では、集団の成熟に必要なせめぎ合いも生じにくく、参加メンバー間の見方や考え方の違いから生まれる気づきといったものが希薄になりやすい。
集団の開放度
参加が自由なオープングループ(開放集団)とメンバーを固定するクローズドグループ(閉鎖集団)がある。クローズドグループは、集団や個のプロセスが把握しやすく、凝集性も高くなりやすい。オープングループは、参加しやすいが、メンバー相互の力動的な作用は希薄になる。通常、作業療法など広義の集団療法では、多少のメンバーの出入りがありながら継続されるセミクローズドでおこなわれることが多い。
スタッフ(構成・役割)
スタッフ数は、メインセラピストと補助の2名が必要。ファシリテーターとしての機能が、メインセラピストの主要な役割である。補助はメインセラピストを補助してその役割の一部を担うが、サイコドラマの補助自我や仮自我ようにメンバーと同じ視点で参加し、メンバーの参加を補助する。
集団の目標
集団がうまく機能していないとき、初期の目標とその時点でおこなっていることがずれていることがある。また集団の目標とメンバーの目標が大きく異なるときにも集団は機能しない。
集団標準と価値
集団にはその集団の価値や標準がある。集団が周囲からどのように見られているかということも含めた集団標準や価値を操作することは困難であるが、所属集団が他からも認められ、自分に「希望をもたらす場」であれば、メンバーの自尊心を補助するはたらきをする。
ひとの集まりの利用
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グループダイナミックスの利用
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マス効果の利用
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パラレルな場の利用
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開放度
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クローズド,セミクローズド
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オープン,セミクローズド
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オープン
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頻度
時間
期間
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1〜2回/週
1〜2時間/回
期間を設定する
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1〜5回/週
目的による
目的による
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可能な限り毎日
定時.時間や期間は特に
設定しない
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成員数
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パラレルな関係4〜5名
力動集団は8〜10名
課題志向集団は10〜15名
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不定
集団の把握は20〜25名
最大30名が限度
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4〜5名/OTR1名
患者のレベルにより
10名/OTR1名程度まで可
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課 題
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個人課題を生かした集団課題
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集団課題が個々の課題
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個々に設定
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活動選択
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目的に応じて,メンバーによ
る選択が原則
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治療者が選択
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多種目.自由に見てさわること
ができるようにする
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リーダー
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ファシリテーター
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指示・教授を明確にする
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場の維持
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治療操作
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集団力動を個人へ,個人力動を
集団へと相互に活かす
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集団全体の流れに配慮
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ケースバイケース
個人力動に働きかける
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適用例
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表現的・洞察的集団療法
生活技能訓練,グループワーク
など
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カルチャー教室
機能訓練,季節行事
レクリエーションなど
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導入の場
開放サロン,デイルームなど
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作業療法でひとの集まり(集団)を利用する場合、集団の成熟過程(グループプロセス)とそれにともなう集団力動(グループダイナミックス)の相互作用の利用、マス効果の利用、ひとの集まりの場(トポス)の利用がある。
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時間-効率と効果 |
時間は作業療法の効率と効果に関係する要素である。診療報酬の法的規定には単位の時間が決められている。しかし、作業療法士が対象者1名にかけられる時間や精神的エネルギーには限度があり、また対象者の適応レベルによって、時間をかけることが決して適切とはいえない場合もある。原則としては、作業療法士の配分エネルギー、対象者の適応レベル、作業内容、治療目的などによって、頻度(回/週)、
時間(1回あたり)、治療期間がほぼ決まる。 |
対象関係−治療・援助における関係 |
対象者は物や作業活動という具体的な対象を媒介に、作業療法士や共に活動する集団のメンバーとのかかわりを経て、現実感を取りもどし、自分の生活を獲得していく。
具体的には、対象者と作業療法士の二者関係が成立する過程、その関係を通した現実の生活とのかかわりの回復過程がある.詳細は「精神障害と作業療法」第3版pp.110-112を参照。 |
形態−システムという視点 |
作業療法の形態は、かかわり方の違いから個人作業療法と集団作業療法に大きく分けられる。対象者の回復段階や目的によりマンツーマンでおこなうものから、集団を利用しておこなうものまで、さまざまな形態を組み合わさおこう。
マンツーマンで個別におこなう個人作業療法は、緊張が高い患者や自閉傾向が強い患者に対し、少しずつ関係を作りながら開始する導入期に主にもちいられる。そのほかには、個別におこなうことが必要な面接や評価の一部、言語の代わりに作業活動の非言語性をもちいる個人精神療法としての作業療法、緩和期における看取りの作業療法などがある。
パラレルな場をもちいる個人作業療法は、他者とのかかわりを義務づけられていない緩やかなひとの集まりの場を利用するもので、緊張が高い患者や自閉傾向が強い患者に対し、少しずつ緊張や自閉の殻を解いていくときに有用である。
パラレルな場の利用は、亜急性期、回復期前期を中心に、施設内維持(療養)期の自閉的で動きの少ない人たちが主な対象となる。そのため、ある程度活動性が安定してくると、少し目的のある集団の場面などをもちいないと、パラレルな場は、単に無為に作業に安住する場となりやすいので注意が必要である。 |
連携−チームアプローチ |
チームアプローチに必要な連携には、治療や援助の一部を分業や協業により担当する直接的なものと、ケースカンファレンス、各種会議、情報の提供・報告・連絡などのチームアプローチを効果的に進める間接的なものがある。いずれもフォーマルなものとインフォーマルなものがあるが、臨床においてはフォーマルな連携とインフォーマルな連携は相補的に機能することが望ましい。
概略的には、
医 師:診断と症状の内容・程度の見極め、医学的目標の提示と適切な薬物の処方
看護師:日常的なかかわりを通した症状管理と基本的な心身機能,生活の安定など
精神保健福祉士:社会資源を適用し受療,生活など環境を調整
作業療法士:日常生活や社会参加、就労にむけて、具体的な活動をもちいた支援や評価および情報の提供
臨床心理技術者:心理検査、心理教育、家族の力動調整など
保健師:必要な医療と地域生活の安定にむけた相談
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作業療法の治療機序 |
「治療・援助における二つのコミュニケーション」の第1章「コミュニケーションとしての身体・作業」の項の「作業をもちいる療法と身体・作業」を参照。
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「精神障害と作業療法」に |
**詳細は『精神障害と作業療法』第3版pp72−126 |