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青海社,2008 |
臨床の日々,作業をもちいる療法とは何か,自分が体験した確からしさをどのように伝えればよいか,どのように確かめればよいかを試みてきました.しかし,論理的に表そうとすればするほど,言葉数ばかりが増えるだけ.そのあがきのような言語化の試みのなか,作業する「からだ」から,専門の言葉をもちいない「ことば」がこぼれ出てきました. その「ことば」を集めて生まれたのが『作業療法の詩』(青海社,2007)でした.そして、この『作業療法の詩・ふたたび』は,そのときにまだ形になっていなかったものが,その後の言語化「治療・援助における二つのコミュニケーション」の言語化のなかで、「ことば」としてこぼれたものです。 |
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1982年に、作業・作業活動をもちいる療法の道を歩き始めたときから、「ひと」と「作業・作業活動」の関係を、だれでもわかる「ことば」にしたいという思いがあった。しかし、作業・作業活動の、あまりにも日常的な、あまりにも豊かな内容を前に、どのように表してよいのか手がつかないまま時が過ぎた。 そして、1997年の『精神障害と作業療法』(三輪書店)にはじまり、1999年に『ひとと作業・作業活動』(三輪書店)、2000年に『ひとと集団・場』(三輪書店)と、病いや障害がある人たちの暮らしを援助する作業療法の基軸となる、作業、作業活動、場やひとと人とのかかわりなどに関する書を出す機会をいただき、「ことば」にする試みをしてきた。幸いにしてそれらの書は、それぞれ版を重ね、改訂も試み、言語化の最後の課題であった「治療機序」と「治療関係の構築」に関しても、2008年に『治療・援助における二つのコミュニケーション』(三輪書店)として形になった。 そうした試みのなかで、論理的な文章にならない「ことば」のこぼれを集めて生まれたのが『作業療法の詩』(青海社、2007)だった。この『作業療法の詩・ふたたび』は、そのときまだ形になっていなかったものが、その後の言語化のなかで、「ことば」として形になりこぼれたものである。 今回、自分が干支の五巡り最後の年にあたり、何かの締めくくりをと思っていた時、青海社の工藤良治社長が、ふたたびこのわがままを形にする機会をくださった。「六十にして耳順う」、真っ白な八重の山茶花(さざんか)の花が咲く耳順(じじゆん)の秋にいただいた贈り物。ありがたい。 2008年、山茶花咲く耳順の秋、脱稿 |
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**詳細は「作業療法の詩-ふたたび」(青海社、2007) | |||||||||
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このページの風景写真は「自然いっぱい素材集 」 |