ひとと音・音楽に 

                            

  

音・音楽や音素材を道具とする活動には、演奏された音楽を聴く(鑑賞)という受動的な活動から、自分で歌う、奏でる、創る、踊るといった能動的な創作・表現活動まである。そして、その音楽活動をどこでだれとおこなうのか、音楽がおこなわれる場、音楽がつくる場、音楽による時空といった環境が、道具としての音楽や音素材、音楽活動とともに、音楽をもちいた療法を構成する要素となる。
  


聴 く

 音楽を聴くという行為には、音楽の専門家がその特性を分析するような客観的な聴き方もあるが、療法としてもちいる場合には、聴く者の感情移入による主観的情緒的な聴き方が中心になる。作品への感情移入をともなう主観的情緒的な聴き方には、
 ・自分でうまく表現できない感情表現、感情表出を助ける
 ・うちなる創造的な活動を育む
 ・自分の情緒に適した音楽を聴くことで気持ちを整える
 ・情操を育む
といった機能があり、ひとの喜びや怒り、悲しみや楽しさを包み表す。音楽を聴くという行為は、こころの栄養を取り入れる行為といえる。
 そして、こころの栄養を取り入れる行為は、再生装置の発達により、
 ・場所や時間を選ばず
 ・自分に適した音量が調節でき
 ・1人でも複数でも
自分が思う形式でおこなうことができる。


歌 う


歌うことは、身体という楽器を使って、呼気を腹式呼吸でコントロールし、声という音色に意味あることばをのせる、もっともプリミティブな音楽的行為、意志の表出といえる。

声帯の振動が、口腔、咽頭、鼻腔などの共鳴腔によって調整され、声の大小や音色になります。こうした 「歌う」ということの仕組みから、身体全体の共振、共鳴を利用することで、
  ・呼吸や心肺機能の維持・改善
  ・嚥下、発音、構音機能の維持・改善
などの身体機能のリハビリテーションにもちいることができる。

そして、歌詞への投影や歌うという身体エネルギーの解放と表現様式の特性から、
  ・感情の表出
  ・感情のコントロール
  ・カタルシス
にもちいることができます。

また、共に歌うことで、
  ・一体感情
  ・普遍的安心感
  ・協調と所属感
の充足など、他者とのかかわりに関する働きかけにも利用できる。

声の高さ、速さ、大きさ、声の上がり下がり、アクセント、リズム、呼吸感、語尾の上がり下がり、身体や頭蓋骨や鼻腔との共鳴度、間の工夫により、ことばというメロディーにのせて感情は表現される。この心理社会的な影響や効果は、合唱や輪唱、声明など、声の響き合いがもたらす安心感、一体感、共有感として体験され生活の中に活かされている。 

奏でる

 奏でることの大半は、楽器操作という身体の運動によってなされる。したがって、身体運動の巧緻度、運動の大小、速度、使用される身体部位と身体エネルギーの使われ方など楽器操作にともなう身体特性、形成された音の高低、大小、振動などの物理的特性、創作表現活動としての音楽的特性などが、心身機能や情緒と密接に関係する。

 楽器操作は、主に手を使う身体全体の運動で、手の働きや身体の使われ方が、奏者の気持ちにも大きく影響します。操作に必要な姿勢や手の動きは、楽器の種類、音素材としての発音物質と発音特性により決まる。この身体の動きが、自分と身体の一体感の回復、身体機能の維持・改善、身体自我感覚の回復を促す。

 そして、手を中心とした身体の使われ方が、音楽に含まれる意味への投影とともに衝動という精神的エネルギーを、手の使用による身体エネルギーとして発散する昇華活動としての機能をも果たす。  

 楽器を奏でるという手の表現の何をもちいるのかにより、
  ・手の運動機能の維持・回復
  ・手の感覚機能の維持・回復
  ・身体の基本機能の維持・回復
  ・脳の機能の活性化
  ・情緒の安定、賦活
  ・他者や外界との関係
  ・自己表現・コミュニケーション
  ・身体像と身体自我の自覚と補強
といった、ひとの心身の諸機能のリハビリテーションを行うことができる。 

   「手と脳」  「楽器操作と身体」  「感覚」


   

創 る


 創る(作詞や作曲)ということは、自分の夢や希望、実らぬ想い、つのる想いなどのメッセージにあたります。また、創作・表現活動は、個人活動としてだけでなく、共同作業としても療法上重要な意味をもちます。意見の交換をしつつ思いの共有がで、仲間の表現に感動し、自己主張し、もっとふさわしい表現を探したり相手の思いに合わせるといったことがおきます。 

踊 る
 

  music は、音楽と詩と舞踊を意味するギリシア語 musike を語源するように、踊ることと深い関係にあります。原始にあっては、踊ることは神々との交流の手段として、呪術的、儀礼的な意味合いをもち、伴奏としての音楽は欠かせない要素でした。
「踊る」ことは、音楽活動を構成する主要素ではありませんが、音楽を誘発刺激として賦活され導き出される情動の表出、身体の動きとして、重要な意味をもちます。表現様式とすれば、音楽活動よりさらにプリミティブな身体運動と深く関連しています。阿波踊りや郡上八幡踊りにみられるように、心身ともに日常とは異なるトランス状態に通じる生理学的な変化をともないます。単調で激しい身体運動の繰り返しや太鼓などの持続低音などは、脳内神経系のA10神経を刺激しドーパミンが放出され快感をもたらすと考えられています。 
     詳細は「ひとと音・音楽」(青海社,2007)