NMTとOTの出会い
  NMT理論と技法の検証に   ひとと音・音楽に    ZIZI-YAMA 


マイケル・タウト (コロラド州立大学音楽学科 教授)
 山 根  寛  (京都大学大学院医学研究科 教授)


      日 時:2009年11月18日
      場 所:京都大学脳機能リハビリテーション学研究室

 タウト博士は神経学的音楽療法(以下NMT)の講演などで既に数回、日本を訪れておられ、京都が好きいうことで、今回、ご夫妻で京都に寄られ、食事をご一緒することになった。さまざまな活動を心身機能の障害がある人への介入手段とする作業療法士(OT)として、タウト博士がなぜNMTを始められたのか、また提唱実践されているNMTの基本について、話をうかがう機会があったので、承諾を得て話し合ったことをまとめた。(山根)

 なぜ音楽療法の道を

ヤマネ:先生はなぜ音楽療法をなさるようになられたのですか。

タウト:精神科で3年間働いた経験があります。最初の学位はドイツでとったが、音楽(バイオリン)に関するものでした。両親も音楽家で、音楽家になるべく育てられて、オーストリアで音楽を学び、プロとして4人でバンドを組んでヨーロッパをまわりながら、音楽活動をしていました。音楽の勉強をしたが、科学に大変興味があり、音楽家として活動しながら、音楽と科学の結びつけることにとても興味を持っていました。そして、本をたくさん読みましたが、ドイツには本当の音楽療法というものがないことに気づきました。フルブライトの奨学金で、当初一年間の計画でアメリカへ留学することにしましたが、ミシガン州立大学のアンカファー先生と出会い、マスター修士課程を取得することになり、そのまま博士課程に進み、アメリカに居住することになり、今ではもう28年間アメリカにいます。

ヤマネ:一般的に行われている音楽療法(以下MT)とタウト先生が提唱されている神経学的音楽療法(以下NMT)とはどう違うのでしょうか? 音楽療法と称されて行われている音楽を用いたかかわりのどの範囲までをどこまでNMTとして定義されますか?従来から行われているMTとNMTの重なっている部分もあるのでしょうか?

タウト:NMTは、全ての領域の患者、全ての領域の神経疾患のニーズをカバーしています。一般的な音楽療法といわれるものをどこで区切るかは、はっきりしたものはないが、NMTはそれを裏付けする科学的根拠に基づいています。

 精神疾患もNMTの対象?

ヤマネ:私は作業療法士として、いろいろな活動をもちいて精神認知機能に障害がある人たちに関わっていますが、精神領域もNMTの対象となるのでしょうか?

タウト精神領域はNMTにおいてもカバーされています。精神疾患の生理学的な概念は明白ではありませんが、一部の精神疾患、統合失調症や気分障害(従来の躁うつ病)は、遺伝的なものであると考えています。

ヤマネ:先生の著書を拝見しNMTについて少し学ばせていただきましたが、感覚運動と言語領域は方法論が多く書かれていますが、精神認知領域は本にはあまり詳細が書かれていないように思います。今後、精神認知領域についても何か進められる予定なのでしょうか?それとも、これで(NMTとしては)完結しているものとお考えでしょうか?

タウト:以前、アンカファー先生と精神疾患に対する音楽療法の本(Robert F. Unkefer Michael H.Thaut (2005). Adults With Mental Disorders: Theoretical Bases and Clinical Interventions.)を出していますが、「リズム 音楽 脳」の本では、精神認知領域は、ガーディナー教授が書かれているものが、第2版で更新されています。研究においても、今、私は多発性硬化症の認知領域について取り組んでいます。
(*第2版は、現在作陽大学の教員が翻訳し協同医書から出版されているが、精神認知機能における具体的な記述はない
  NMT認知領域参照。)

ヤマネ精神疾患についてはいかがでしょうか?

タウト
フォートコリンズは大きな精神疾患の施設がないので、誰かがすすめてくれることを祈ります。

 日本でNMTを普及するには

ヤマネ:日本でNMTを広げるとすれば何が必要と思われますか?

タウト:すでに、70〜80人の日本人が、コロラドでNMTのトレーニングを受けていますが、これはまだ少ない。神経学者には、NMTの効果について広がりつつあるが、私たちは、OT,理学療法士(PT),言語聴覚士(ST),医師など広く他の職種にNMTを伝える必要があると思います。

(コクラン・ライブラリーの評価でさらに認められる必要はありますか?−阿比留質問)

タウト:コクランレビューは疑わしい。このレビューにそうと、PT,OT,STを含むリハビリテーション自体が必要なくなってしまうと思います。では、なぜ、PTは、そこでの研究効果が確立されていなくても地位が確立されているのか?これは、政治的な問題と言えるでしょう。また、今後MTの普及には,社会のMTに対するニーズが必要と言われるが、患者たちは、NMTがあることを知りません。知らなければリクエストしようがない。NMTのEBMは、科学的に証明されています。政治的にサポートされ地位を確立させる必要があります。 World Federation of NeuroRehabilitation (WFNR)は、日米の音楽療法が果たせなかった大きな役割を果たすでしょう。

 NMTの専門性と普及について

ヤマネ:日本のOT,STも音楽を使ってトレーニングしており、NMTの技法の多くは、OT,STの技法としてすでに確立されているものもあります。MTとしての職はどのように確保されると良いと思われますか?職を得るためにMTの勉強後にSTの学校に行く人もいます。

タウト:神経学的音楽療法士は、NMTについて精通していないといけない。いくつかのテクニックは、神経学的音楽療法士が、教えることで、PTでも使用することが可能です。しかし、いくつかのテクニックはその適用に音楽の専門性が必要であり、PT,OTには教えられない。PT,OTが音楽を使いこなすことは不可能です。

ヤマネ:NMT以外のMTとどのように関係をとっていくのでしょうか?NMTを実践している人とMTを実践している人の人数や相互の関係は、どのようになっているのでしょう?

タウト:米国音楽療法協会(AMTA)のメンバーは2000名弱だが、その半分の1000名以上がすでにNMTを受講しています。

ヤマネ:アメリカの人口からして、なぜメンバーがそんなに少ないのでしょうか?どうして人数がもっと増えないのでしょうか?

タウト:MTを実施するのに、CBMT(認定音楽療法士)の資格取得は必要ですが、AMTAのメンバーである必要はありません。CBMTは、5000名います。コリーン(タウト博士の奥さん)は、CBMTの8名いる評議員の一人です。

ヤマネ:日本では、作業療法士の80%のOT協会に所属しています。

タウト:京都大学にはOTの学生は何名いますか?

ヤマネ:学部で80名、修士課程と博士課程を合わせると約100名です。PTも同じです。看護は大学院を含めると約400名になる予定です。

タウト:CSUもとてもよいOTのプログラムがあります。

ヤマネ:日本では,全国で7600名が毎年のOT入学定員で、養成校は約180あります。国が制限せず認めすぎたため、OT,PT,STの学生数が過剰気味になっています。

タウト:アメリカでは、OT,PT,STは、現在修士課程までの学歴を要求されており、CSUには120名のOTの修士課程の学生がいます。

ヤマネ:NMTの医療における診療報酬はどのようになっていますか?

タウト:アメリカでは、脳卒中による入院中の一日3時間のリハビリでは、OT,PT,ST,MTのどの職種が入っても良いようになっています。外来に関しては、個々の保険会社のNMTの各テクニックのCPTコードを提出する必要があります。

ヤマネ:コロラド大学で専門に学んで卒業した者と他の大学の卒業生でNMTのトレーニングを受けて資格を得た人とでは知識や技術的にも差があるように思いますが、どうなのでしょう?同じ有資格者として扱われているのでしょうか?

タウト:現在、7大学で、NMTフェローを取得した教授がおり、NMTの授業を各大学で教えています。それらの大学では、神経解剖学のクラスが組み込まれています。CSUは、特に神経解剖学などのクラスは、OTと同じくらい組み込まれているので、ベースが異なります。CSUがベストですね(笑)。

ヤマネ:10年あまり前に、園芸療法などの視察でアメリカやカナダの施設を訪問し、いくつかのリハビリテーション病院を見学し話を伺いましたが、音楽療法を養成する大学の学部プログラムをみると医学的なものが少ないように感じました。園芸療法も同じ状態でした。


 日本でもNMTの普及を

ヤマネ:日本でもNMTに関心がある人が増えているので、OTの立場から、良い形で普及していこうと思っています。日本でも学びたい人がたくさんいます。

タウト:大きな挑戦ですね。良い教育システムが必要です。来年、WFNRがあります。これは、今後の発展を導くでしょう。

ヤマネ:日本におけるこれからの課題としては、従来のリハビリテーションで行っているものとNMTとの違いを明らかにしていかないと誤解を生じます。

タウト:NMTのRASやMITなどいくつかのテクニックは可能ですが、TIMPやPSEなど音楽的に複雑なものはPTやOTには無理です。

ヤマネ:普及のサポートをする上で考えているのは、NMTの技法として音楽を使ったほうが良い場合、音楽でもできる場合、無理に音楽を使う必要がない場合を整理したいと思っています。

タウト:リサーチは既にあるので、後はマーケティングの問題です。他の職種も研究論文リサーチペーパーをもっと読むべきですが、あまり機会がないようです。少なくともCSUでは、NMTは、PTとOTのプログラムで教えられています。 TIMPやPSEは、PTやOTに教えるのは難しい。でも、PTとOTに教えることにより、PTやOT、MTにもニーズが増えると思います。そのためNMTのスペシャリストが必要なのです。WFNRのブラジルで行われた学会では、多くのPTとOTが、NMTのワークショップに参加していました。RASは、既に全米のPTのプログラムに組み込まれています。

ヤマネ:OTでは、患者さんにさまざまな活動をもちいます。そのため、NMTとの連携を行うことを考えています。


      阿比留睦美(京都大学大学院医学研究科 音楽療法士;通訳)
      小日向直美(吉栄会病院 音楽療法士;対談記録)