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これってどうすればいいのだろう? どう考えればいいのだろう? 学校で、実習で、臨床で分からないこと困ったこと、皆さんからいただいた質問にお答えするコーナーです。お答えへのやりとりも開示します.





 
 質問 OT5年目 佐治まどかさんより
     現在、私は精神科病院にて認知症病棟を担当しております。OTでの関わりとして集団での体操、歌などを行なっています。 正直に、現在の関わり方が良いの 悩んでいます。先生は、認知症の方へどの様なアプローチをされていますか?また参考になるような図書などありましたら、教えて頂ければと思います。漠然とした内容ですみません。

 返事 参加される認知症の方たちの人数や参加への呼びかけ方法、認知症のレベルなど、集団の同質性やおこなっておられる体操や歌がどういうものをどのような 方法でなさっているのかによりますので、一般的なお答えになります。参加される方たちがその場を楽しい参加してよかったという「快」の状態にするという、共に活動することの機能を生かすのでしたら、中核症状に対する治療やリハビリテーション的なものではなく、周辺症状と通常いわれている行動や心理面に対する状態をよりよいものにするかかわりが重要になります。参考になる書籍としては、アクティビティを手段に認知症の人に寄り添うライフパートナー育成のための「認知症ライフパートナー検定試験公式テキスト」の1級、2級、3級用の3冊をおすすめします。ネットで「認知症ライフパートナー検定試験公式テキスト」と検索すると「日本認知症コミュニケーション協議会 | 事業概要:取扱書籍のご案内」というのがあります。そこを開かれるとよいでしょう。

質問 身障の実習で,理学療法も作業療法も同じようなことをしていることがあり、どこが違うのか分かりませんでした。同じなのでしょうか。

返事 それは身体の運動機能の訓練かと思われますが,作業療法の開始にあたり基本の運動機能の準備として行われることがあります. 急性期 の場合、それだけ
     で終わってしまうこともあり、その場合はどこが違うのか疑問に思われることがあるでしょうね。また、セラピスト自身もその違いを分かるように説明できない人も
     います。しかし、理学療法と作業療法は、まったく目的が違います。人が生 活するには、起き上がり、自分の身体を支え、必要な場所に移動することが必要です。
     そのため、理学療法は疾患や障害がなんであれ、生活に必要な基本的な運動機能の維持改善を目的に行われます。それに対し、作業療法はその基本の機能
     の元に、対象者が望む生活ができるよう治療・支援します。従 って、急性期で理学療法と見た目が同じ運動訓練を行っていても、それは運動機能の訓練ではな
     く、生活に必要な目的や意味のある動作や行為の訓練として行います。そのため、作業療法士がその運動を補助しながら行う場合、対象者にはその運動が必
     要な動作や行為をイメー ジしてもらう必要があります。できれば重量的に負担のない軽い物(発泡スチロール製など)を持たせ、それを操作するようイメージして
     身体の動きを作業療法士が補助する方法を採ります。人が生活するということは、人が望むように、対象となる人や物に働きかけ(操作する)ることです。

               
 質問 長崎大学の爲國です。 9月に初めて自分たちだけで臨床実習に行きます。 そこで質問なのですが、臨床を経験した方から見て今のうちに臨床実習において
     見学しておくべきポイントがあれば教えてください。  

     また別の質問なのですが、リハビリの中に自然を取り入れている例(例えば、リハビリとして園芸を取り入れたりする)があれば教えてください。今の段階でです
     が、将来作業療法についての研究をするときに、人の精神や身体機能の回復において自然のものを取り入れることがどのような効果を生むのか研究してみた
     いと思っています。

返事 臨床実習で見学しておくことは,一切の価値判断をしないでどのような対象に、何を目的に、どのような作業をどのように使っているか、その施設の治療方針、リハ
     ビリテーションの位置づけ、各職種の連携、作業療法の指示から導入、開始、終了までどのようなシステムで行われているかですね。そして、実習後に、学生がそ
     れぞれ見学したことを比較し、自分たちが見学したことは、今の日本の精神科作業療法のどのレベルにあるのかといったことを,調べて検討するといいでしょう。
     そして、実習と呼ばれていますが、学校のデスクワークではよく分からない、精神疾患とそれに伴う機能の障害や活動・参加の制限や制約とは何なのか、実際の 
     患者さんと具体的な作業療法の場を通して、自分が分かっていること、分かっていないことを整理し、今後の自分の課題を確認することです。実習の出来不出来
     は対象患者さんによって異なるので、それで合否を決めることはできません。実習は臨床を通した教育なので、どのように単位認定をするかは、学校の責任です
     実習地は具体的な臨床の場を提供することとなぜそれを行っているかを説明することが主たる役割です。臨床の場をもちいて学ぶことができる基本の準備ができ
     ていなければ、学校に戻って準備をし直すことになるだけです。

     もう一つの質問に対してですが、リハビリに自然を活かすことは大変大切で、うまく生かしているところもありますが、未だに作業療法室で手工芸やレクを中心に行
     っているところもあります。自然を取り入れるかどうかの前に、作業やその作業の関連する対象と人の関係を考えることが大切です。作業の種目や素材がその作業
     を行う人のどのような機能を必要とするか、それは人が個体を維持し種をつなぐ上でどのような意味をも持っているのかといったことなどを考えてみることです。



質問 長崎大学の爲國です。 今回見学した精神科の病院には高齢者の方が多くいらっしゃいました。事前に精神科の作業療法について予習はしていったのですが、
     実際に行われている作業療法を見てみると、手芸や書道、園芸などをすること自体が患者さんの機能面に効果をもたらすだけでなく、その作業を行った結果、
     周囲の人に感謝されたり、もっと頑張ろうとする姿勢をもてる事等に意味があるのではないかと思うようになりました。

     これを踏まえて実習後に、「では今回接することのなかった若い世代の方に向けての作業療法にも同じ事が言えるのか」と疑問を持つようになりました。個人的
     な考えでは、若い世代の方は高齢の方よりも、敏感な方が多く、無理にコミュニケーションを取ろうとすると逆効果になる場合もあるのではないかと思いました。
     そうした場合、自分で作品を作り、それが人々に認められたり、感謝されたりすると言う経験が患者さんにもたらす影響はどのようなものになるのだろうかと思い、
     質問させていただきました。 9月に初めて自分たちだけで臨床実習に行きます。 そこで質問なのですが、臨床を経験した方から見て今のうちに臨床実習におい
     て見学しておくべきポイントがあれば教えてください。

返事 臨床の場を通して学ぶ実習は、学校で学んだことが実際にはどのような形で行われているのか、疾患や障害など知識として学んだことを実際の患者さんや臨床
     実践の場を通して理解することが目的です。座学で学んだことを実際の臨床との類似や相違を比較して考えること、そして将来自分が臨床をする上で何が不足し
     ているかを知ることです。病名が同じでも障害の現れ方や生活上の支障は患者さん一人ひとりの生活歴など一人ひとりの事情により異なります。その病気特有の
     共通の普遍的事項と個別的事項とが絡んでいるということが分かるといいですね。さらに、臨床の場はその施設施設の事情が大きく影響しているので、いいとか悪
     いとかを判断するより、自分が学ばせていただく施設の基本的な方針やリハビリテーションのシステムなどを理解しましょう。そうして、臨床実習から帰ったら、他の
     施設に行った仲間と情報を共有し、臨床の場の違いや問題の整理をするといいでしょう。    
 





 質問 会員番号2016025作業療法士1年目の古賀さんより
     結婚してくださいと言ってくる患者さんがいます。最初は冗談と思い対応していましたが、後になって、その患者さんから本気だったんだと言われました。どう対応
     したらよかったのか、そしてその言動の意味や理解の仕方がわかりません。稚拙な質問で申し訳ありませんが、考えるヒントをいただけましたら幸いです。

返事 実習生や比較的若い女性の作業療法士や看護師さんに対してよくあるあることです。切磋琢磨して患者さんとの距離の取り方に慣れてくるとあまりみられなくな
     ったり、そのように言われてもさらりとかわすことができるようになるからです。実習生や初心の内は患者さんの話を熱心に聞き、ごまかし たり逃げたりしないで
     やさしく丁寧に関わることが多く、その対応に疑似恋愛感情が生まれるためでしょうね。初めてのときは患者さんの気持ちを傷つけてはという思いから困るでしょ
     うが、患者さんであるとかどうかにかかわらず、曖昧にしないで自分にそうした思いがないことをきちんと伝えることです。